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エビデンスが求められる理由

最近軽んじられている、もしくは疎んじられているなぁと感じる気になるキーワード

それは「エビデンス」(・_・?)

自然科学は「自然」の科学

⇒ とうぜん自然界で起こる諸現象、すなわち自然現象がターゲット

なので研究は、その観測からスタートします

まずは観測事例を積み上げる事、これがとっても大事

‥大事ではあるんですが
事例だけ積み上げられても
これで終わってしまっては科学ではない(‘-‘*)エヘ

「混ぜればゴミ、分ければ資源」

‥ではないけど、観測事実の積み上げ、それは「ただ集めただけ」

次はそれを出発点として
組織化された知識体系としなければ
「活きた知識」とはなりません
お( ̄o ̄)い( ̄△ ̄)お( ̄o ̄)い( ̄△ ̄)

その為に何をするか?

それは「仮説の提示」

仮説は、それまでに得られている知識を動員し
必要ならきちっと明示された仮定を設け

観測された新たな現象
未だかつて説明のつかない現象

を合理的に説明しようとする試みです

しかしこれはあくまで「仮説」なので
それが正しいかどうか、は確かめなくてはならない

「仮説はその正しさを確かめる必要がある」
(゚∇^d) グッ!!

この言葉自体は、すんなり納得できますよね?
当たり前じゃん、「仮説」なんだから
‥そう思えます

その中に「仮説」という言葉が使われていることが
この言い回しを受け入れやすくする要因

けど、もし「仮説」という言葉が使われてなかったとしたら?
( ‥) ン?

使われないどころか
量子力学、波動、エネルギー、次元といった物理学の専門用語

出身大学名
アインシュタインその他有名人の言葉の援用
などを利用して権威付けられた

「隠れ仮説」

がもしあったとしたら?

一般の人がこれを疑い
改めて正当性を確かめる必要性を感じるのは
‥残念ながら、ほぼ無理でしょうね

いやそれは無理もない

物理学科の学生が何年もかけて勉強し
研究の現場で揉まれて身につけた素養や視点

それがあってもどうか分からないのに
非専門の人がそのような権威付け(一種のコマーシャリズム)に抗うのは
よほどメタ認知とか身につけた人じゃないと、無理なのでは?

一歩引いた目線で
「それはあなたの考えでしょ?」
「どうやったら証明できるのですか?」
「そこで仮定されていることは?」
と突っ込む人はそうそういない

まあ、その実情に目を付けてうまいことやっている
それがこの権威付けでもあるのだけど

大学や研究所などでの現場では
もう、全く当然のこととして
仮説の提示とその検証が日々続けられています

そして学会や研究会、論文などでは
仮説は仮説と明示され
そこで用いられた仮定や前提条件も当然明示される

また実験結果については
用いられた器具のメーカー、形式、型番、製造年月日
必要に応じて(特に化学実験など)実験した日の気温や湿度まで明示され
だれもが追試できるように発表されます

そりゃ人間のやることだから手落ちもある
そこはいずれツッコミどころとなることはあれ( ^∇^)σ)≧∇≦) プニッ♪
最終的に黙認される、ということはありません

ところが!

一歩街へ出ると、このような事情は決して当たり前ではない

私自身、大学を離れ2013年に「PF理論」を発表し
それをひっさげて街でセミナー活動を開始

そこでは研究室時代には会うことのなかった色んな人達
科学に興味を持つ非専門の人
スピリチュアルの人
哲学や宗教の専門家

などなど、多種多様な人と出会いました

どれもが本当に貴重な体験
これは間違いのない事実

一方で
ものすごく実感したのは
研究現場での「科学」の常識が
世間一般での「科学的議論」の中ではそれほど常識ではない
ということ(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-

時には面倒くさくて手間のかかる
観測や実験、仮説の取り扱いに関する科学的・正当な手続きが
割とあっさりないがしろにされ
「科学」という言葉が独り歩き

なんかもう、「科学」と名乗りさえすれば科学だよ、みたいな(笑)

‥そんな現実を突きつけられた

いやー、勉強になります
というか、それまでは本当に社会勉強が足りてませんでした

実際
科学嫌いな人、科学を馬鹿にする人、「エビデンス」を軽視する人
は多いんですけど
そういう人に限って

「科学的思考とは?」「科学的考察の妥当な手順とは?」

そして

「そもそも科学的とはどういうことか」

などについて、余り突っ込んで考えたことないのではないか、と

更に
「自分の『確かな』体験=エビデンス」
という勘違い

仮説の検証ってどうするの?

「自然科学は自然に立ち返る」
つまり
「『自然』にお伺いを立てる」
これです!これしかありません

仮説が正しいのか間違っているのか

まず、数式展開とか論理上の間違いがない事を確かめた上で

次の段階として、例えば

自然界で起こる現象を観測したり
仮説の検証に特化した条件を整えて観察(実験)したりして
エビデンスを確認し

その仮説が予測する結果が得られるかどうかをチェックする
こうしてその仮説の正否を判定します

常に自然に向き合いそれに立ち返る

科学理論の構築は
人間の頭の中で完結しやしない

よく私のことを他の人に
「生まれ変わりを証明した種市先生です」
と言って紹介してくれる人がいます

善意なんでその場では何も言いませんが
これ、本当は間違っています

PF理論は
生まれ変わり現象を証明したわけではありません

生まれ変わり現象を物理学的に説明する仮説です

「ええっ!仮説なの‥」
とがっかりしたそこのあなた

‥はちょっとまだ科学が分かってないかな(*^-^)ニコ

仮説の提示は、科学の発展にとって欠かせないステップ

従来物理学で否定されていた現象を説明でき
検証することが可能な理論ができた

という意味で有意義なのです

証明は自然へのお伺いを通じて

‥つまりこれからの実験に託される、という訳です

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