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新たな死生観が創出する生きがいと「死にがい」

花とハート

東日本大震災の現場で多発する「幽霊目撃談」。
これを収集したルポライター奥野修司氏の著作、「魂でもいいから、そばにいて -3・11後の霊体験を聞く―」(新潮文庫(2017))は大変話題となり、ベストセラーとなりました。
そこでは幽霊が存在するか否かの議論は目的とせず、震災で突然肉親を失った遺族たちの、言葉にならないリアルな悲哀や心の葛藤、苦しみがつづられています。

死別の悲哀、癒されない心の傷

その一例として、例えば宮城県亘理(わたり)町の亀井繁さんの事例。
妻と次女が、地震のあとの津波に流されました。
発見されたのは二週間後。
繁さんはその間、風呂に入れなかった。
「二人が冷たい水にさらされている中、自分だけ温かい風呂につかるなんて、とっても申し訳ない」と思ったそうです。
以下は彼の述懐。

「納骨しないと成仏しないと言われましたが、成仏してどっかに行っちゃうんだったら成仏などしない方がいい。
そばにいて、いつでも出て来て欲しい。

ある日夢で、暗闇のなか輪郭だけ見え、『私がいないとつまんない?』と。
別の日にはまた夢の中で、
『今は何もしてあげられないよ。でも信頼している。
急がないから。待ってる』と。

美しいあの世
私にとっての希望は、自分が死んだときに妻や娘に逢えるということだけ。
それには『魂』があってほしい。
魂があってこそ、逢える。
それがなかったら、何を目標に生きていけばよいのか。
死んだ先でも私を待ってくれているという妻の言葉こそ、本当の希望なんです。」

このような悲哀や苦しみは、ある日突然訪れた、愛する肉親との「永遠の」別れに起因します。
背景には、とりもなおさず「死」が人にとってのすべての終わりであり、死をもってその人が永遠に消滅し、言葉を交わすなど今まで当然のように行ってきた関わり方が今後いっさい不可能となる、という死生観があります。

肉親の死の受け止め方、その後の人生への影響の現れ方などは人により千差万別ですが、奥野氏の著作からうかがえるのは、それは場合によっては数年たっても癒されることなく残る心の傷となることがある、ということ。

また、親など、自分より上の世代を亡くすよりも、子供や孫など、下の世代を、それも震災のような不慮の事故や事件で亡くす方が、その傾向はより顕著なようです。

日常生活において災害は必ず起こるものであるし、平和と言われる日本にあっても犯罪は無くなりません。
そういう意味では、このような永続的な心の傷となるような肉親との別れは、現実問題として誰にでも起こりうることなのです。

自分の死に向き合う

また、肉親ではなく自分自身の死に対する向き合い方にも、当然ながら死生観は深い影を落とします。
数年前、ある鳥取のホスピスの患者の実例がNHKで放映されました。

女性患者が心情を吐露します。
「生きとったってどうしようもないけど、生きれるなら生きとりたいわな」と。

ホスピスという終末医療の現場にあっても、患者の本音はやはり「生きていたい」。
しかし現実にはもう希望は無い。
死期は迫っている。
だから、「生きとったってどうしようもない」とあきらめの心境を漏らすしかないのです。

間違いのない事実、それは誰にでもいずれ死は訪れるということ。
具体的に自分の死期が迫った時、その事実をどう受け入れ、その瞬間までの時間をどう過ごすのか。
私たち1人1人に突き付けられる課題です。

もし死が本当に全ての終わりであって、その後が何もなく、
自分という存在が消えてしまう、自分にとっての「時間の果て」
なのであれば、具体的に○○日と宣告された余命に対し
ある種の諦めの境地に陥るのも、無理もないことなのかも知れません。

死のその後の可能性を考える

しかし、もし「死のその先」があるとしたら?

私たちの死生観・世界観が激変するのは間違いありません。
例えば、死のその瞬間まで夢を持ち、自己実現に向けて努力する。
本を読んだり、いろんな人と話をしたり、体力が許せば旅行などして知見を拡げたりなどということが、決して無意味なことと切り捨てられるべきことではなくなる可能性があります。

高齢者の旅行
なにせ
死のその後も自分は「存続」するのだから。
そのような経験で得られたものが、自分が死んだ後、そして来世生まれ変った後に受け継がれる可能性もあるのです。

要するに死期が迫っていても、勉強する、知見を拡げる、経験値を上げるという行為に特段の制限を設ける必要性はない。

そうなるともう、死期迫った状況であってもそれに捉われすぎず、さほど意識を変えることなく日々を過ごせるでしょう。
まさに死へ向けての新たな生きがいの創出です。

このような死生観はまた、新たな可能性を生みます。
それは
「すでに他界した人がそばにいる」
という感覚によるものです。

死別の悲哀は、「あの人がいなくなった」、「もう未来永劫会うことは不可能」、という喪失感に由来します。
であるのであれば、「いなくなったのではありません」、「すぐそばにいますよ」などといった、新たな死生観に基づく希望と可能性、「寄り添ってくれている」感は

相当程度この悲哀を軽減してくれるのではないでしょうか。

そして更にまた別の可能性、
すなわち自分の死後その人に会える可能性だってあります。これは肉親を永遠に亡くした悲哀に苦しむ人にとっては、暗闇に差す一筋の光となるのではないでしょうか?

科学の力で死後を究明

私(種市)は、自身の実母の他界を機に、それまでの大学の研究職を辞し、死後に個人の精神活動が存続する可能性を求めて独自の研究活動を開始しました。
そして2013年、肉体・脳の死滅後も一種の物質的基盤が残り、精神活動が停止しない物理学説をまとめることができ、「PF理論」として発表しました。
その後学会や論文発表を繰り返し、また一般向けの講演活動もしてきました。

死後、私たちの心が死滅することなく存続し、来世が存在する可能性を示すPF理論。
多くの人に希望を届けてきました。

肉親との死別の悲哀とそれに伴う心理的な負担、苦しみを軽減させるためのワークは「グリーフケア」と呼ばれ、今日の日本にはそれを行う多様な団体があります。

大別すると
1)宗教的なもの
2)心理学によるもの
3)催眠術を利用するもの。

希望の光
私はここに第四の選択肢、すなわち「科学的グリーフケア」を加えたいのです。

その意義は単に選択肢が増えるだけではありません。
「死後」に向き合うに際し、科学に信頼を寄せる人の期待に応えることになります。
また、他の三種類のグリーフケアにない特長として、それが肉親・知人の死に対する悲哀の軽減のみならず、自身の死に対する恐怖感の軽減にもつながる、という点が挙げられます。

PF理論が指し示す、新たな死生観の今後の発展の可能性に、どうぞご期待ください。

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