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こじつけ以外の何ものでもない「正しい人物評価論」

高校の物理で習うのが
いわゆる「古典物理学」

量子力学が成立する以前の自然観
そのベースとなった物理法則です

そこでは
エネルギーが様々な形態をとり
変化することを学びます

ボールを坂道にそっと置くと
ボールは転がりだし、どんどんそのスピードを増していく

これは「位置エネルギー」(高いところにある物体に備わるエネルギー)

「運動エネルギー」(速度の二乗に比例する)
に転化する過程

一方、振り子時計の振り子

おもりが高いところ(端点)で一瞬静止したあと加速し
最下点でスピードマックス
また上がっていきもう一方の端点で一瞬静止
をくり返します

これはエネルギーの観点で見れば
位置エネルギーと運動エネルギーの相互転化の
くり返し、なわけ


20世紀になり
量子力学で示されたこの宇宙の
摩訶不思議な非局所的性質

それが「量子もつれ」

ここで分かりやすさのために
よく引き合いに出されるのが二者択一的な性質
(コインのうらおもて的な)

例えば

光の偏光(縦と横)
とか

電子の自転の向きに対応する
電子スピン(上向きと下向き)
など

量子力学が支配する微視的な世界においては

当初、相関関係
(一方が縦なら他方は必ず横
一方が上向きなら他方は必ず下向き
という意味)
にあったこのような二者択一の
一方と他方が
どんなに離れていても
(たとえ宇宙の端から端まで離れていても)
強く結びついている

これが量子もつれ


「強く結びついている」ってどういうこと?

例えば、電子スピンの
「上向き」と「下向き」

「電子1」

「電子2」
の2つの電子があるとしましょう

電子1のスピンを上向き
電子2のスピンを下向き

になるように操作し(これは簡単)

片方を地球
もう片方を宇宙のかなたに持っていく
とします

で、地球に残っている電子スピンを測定し
それが上向きだったら
宇宙のかなたの奴が下向き
(逆もしかり)
と分かるわけです

ところで、これは不思議なことでしょうか?

一見すると
電子スピンの向きは測定の前に
どちらが上向きでどちらが下向きかは既に決まっていて
ただ我々が
測定以前はそれを知らなかっただけ

と考えることもできます


しかし事実はそうではないのです

測定までは、電子スピンの状態はそれぞれ
上向きと下向きが「重ね合わさった」状態に
あることが
実験的に裏付けられているのです

測定前の電子は
スピンが上向きか下向きかは決まっていない

我々がそれを「知らないだけ」なのではなく

電子1が上向きで電子2が下向き
の状態と
電子1が下向きで電子2が上向き
の状態とが

重ね合わさり
混ぜこぜ
混然一体となった状態にある

これが量子力学であり、自然の姿なのです

そして
片方の電子の
スピンの向きを
測定した瞬間に

両者のスピンの状態が
その上下重ね合わせ状態
から
どちらかが上でどちらかが下に確定した状態

変化しているのです

この変化が、2つの電子がどんなに離れていても起こる
というわけ

ということは

何かが光速を超えて伝わっている?

測定したその瞬間に
まさに瞬時に
情報が
測定されなかった方に伝わり
そのスピンの向きが確定する?

光速を越えて情報が伝わることは
相対論に反する

アインシュタインが量子論に猛反対したゆえんです


ま、アインシュタインの好むと好まざるにかかわらず
この宇宙は本質的にはこの「非局所性」
(離れたものの間に相関がある性質)
が備わっている
ということが示されました
(そして相対論に必ずしも反しないことも分かっています)

この量子もつれの概念が生まれたのも
物理学の発展の1コマですが
今ではさらに
コンピュータや暗号などへの応用に向けた研究も
進められています


ところで
この量子もつれにかこつけて

「物事に白黒つけるべきでない」
との論調が見受けられます

例えば‥

あの人は○○だから素晴らしい
とか
××だからダメ
とか決めつけるのはよくない

白黒はっきりさせようとするところに争いが生まれる

様々な対立軸を併せ持った存在
であることをまずは認め合おう


趣旨は大賛成

他者の中に
いろいろな側面があるのだということを認めるなかに
相互理解が生まれる

これは間違いないでしょう

世の中あらゆる対立軸が有機的・弁証法的に結びついている
決して一律的ではない

そこは間違ってはならないと思います


けれどもそこに量子力学を絡めるのは不要
どだい無理がある

曰く「
モノをどんどん分けていくと素粒子になる

分けたはずなのに
物理的に離れている素粒子同士が一体のような動きをしたりする

分かろうとしてかえって訳が分からなくなった」

別に訳が分からなくなったわけじゃない
量子もつれは自然界の本当の姿

今まで辿り着いていなかった自然界の姿に
人類がやっと辿り着いた、というだけのこと

いや、探求すればするほどわからないことが出てくる
それは事実

だからこそ研究する訳でしょ?

それは人類の知識が深まったことの証
決してネガティブに捉えるべきではない

そして
量子もつれは

人間関係の機微とか
人物判断の是非論

とは何の関係もない

だって
言おうと思えば冒頭の
古典力学におけるエネルギーの相互転化

運動エネルギー ⇔ 位置エネルギー

についても
同じように言えるのだから

自然は弁証法的な流転と関係性の中にある
弁証法的な対立の転化・共存関係からは何物も逃れられない

そしてそれは微視的な量子力学の世界に限ったことではない
巨視的なニュートン力学の世界
我々の日常生活でも成り立つ

ただそれだけの事

それは決して
量子力学「独自」の世界観
などではないのですよ

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