いにしえより、月の影響で人が発狂したり、出産が増える、犯罪が増えるなどという迷信は珍しくない。
現代でも例えばこんな記事が(ムーじゃないよ)、:
「東洋医学からみる月の満ち欠けと体調の関係」(※)。
ここで鍼灸師・瀬戸郁保は、「60~70%が水分でできている人体は、潮の満ち干き(ママ)などと同じように月の引力の影響を受け」、月の満ち欠け(相)に合わせて人体に変化が生ずる、とのたまう。
月の相と人間行動は無関係
月は英語でmoonですが、「月の」という形容詞になるとlunar。
これはローマ神話の月の女神Lunaが語源。
ところがlunacy、lunaticになると「精神異常(の)」と意味激変。
変形を繰り返しながら天空を周期運動する月に神秘性・変則性を感じるのはムリもないでしょう。
上述の迷信も、おそらくそのへんが加油している。
迷信と言い切りました。
それは、月の相と人間行動との関連についての大規模な調査がいくつかすでに行われ、それらは無関係であることが科学的には実証されているから(※2)。
この論文で著者らは、月の満ち欠けと人間の行動との関係が疑われるのは、不適切な分析、他の(例えば週単位の)周期を考慮に入れなかったこと、そして偶然からの逸脱を月効果の証拠として受け入れようとしたこと、などを原因と結論付けています。
周期が違う
瀬戸氏の言明、潮の満ち引きとのアナロジーでいかにももっともらしい。
確かに潮の干満は月の重力が大きく影響しています(図1)(※3)。
主に月の引力の影響で海水の分布が変化するのが要因。
しかしそこから、新月から満月、満月から新月という月の満ち欠けと人体の関連という話になるのか?
月の満ち欠けは地球と月、そして太陽の位置関係で決まるものであり周期は一カ月スケール(図2)。
それに対し月の重力や潮位の変化は日単位のものです。
そりゃそうですよ。
地球は自転しているのだから、我々の感じる月からの引力の変化も日単位。
これだけでも、ひと月周期の人体の変化が(もしあったとしても)それは月由来ではないことは明らかでしょう。
月の重力は弱い
そして当の重力、実はとても弱い代物。
もしその月の重力なるものが影響するというなら、逆に日常生活で様々な支障が出てくるよ。
例えば平野の真っ只中に住んでいる人が山間部に移動しただけで、周囲の山から受ける引力は月を越える。
新月だろうが満月だろうが、地球の自転による月との距離の変動に起因した重力変化、これはカブトムシが身体にくっついたかいないかのレベル。
下敷きこすって頭にかざすと、髪の毛引っ張られますよね。
あれは下敷きの静電気ですが、髪の毛にだって地球からの重力は働いている。
要は地球が下敷きに負けている、それだけ重力は弱いということ。
近づいてきたカブトムシの引力なんて感じるわけないし、その程度で体調が変化したり行動が変容したら、社会は大混乱ですよ。
「水が影響」は単なる印象操作
人体の水分が影響受けると言うなら、人間より水分の多いカエルやエビへの影響は相当なもの。
牛ガエルが夜大合唱するのは満月の時だけなのか?
クラゲに至ってはその98%が水。
クラゲの生態の月変化、なぜ誰も報告しないのだろう?
数多くの統計調査で、自殺者数、精神障害、精神病院への入院患者数、犯罪発生率、出生率などにおいて、月の相との関連は見出されなかったのです(よく調べたものだとは思う)。
認知バイアスの可能性
本来無関係な「目立つもの」どうしに関連を見出してしまう、よくある認知バイアスも要因なのではないでしょうか?
満月の夜に事件が起こると、なんとなく印象に残るでしょ?満月って。
他にはいわゆる交絡因子の問題も。
例えば、月の光が松果体に作用するおかげで満月の夜は交通事故が多くなるという「研究」結果が発表された。
疑問に思ったRottonとKellyは、この研究に関わった研究者も巻き込んで検証してみた。
実態は、彼らが調査した期間、たまたま満月の晩が通常よりも多く週末にかかっていたから。
要するに週末に交通事故が多くなるのを読み違っていた、とさ。
松果体も重力も関係ないのです。惑わされないように。
最後に、Weather Newsの経営理念には「Data Drivenでコンテンツやサービスをサポーターに問い続け‥」などとあります。
果たしてこの「東洋医学からみる‥」記事はData Drivenな構成なのか?
Weather Newsに問いたいと思います。
(※)ウェザーニュース「東洋医学からみる月の満ち欠けと体調の関係」
https://weathernews.jp/s/topics/201809/200245/
最終更新日:2018年9月24日、最終確認日:2023年8月22日
(※2)Rotton, J., & Kelly, I. W. (1985). Much ado about the full moon: A meta-analysis of lunar-lunacy research. Psychological Bulletin, 97(2), 286–306.
https://doi.org/10.1037/0033-2909.97.2.286
(※3)https://www.gentosha.jp/article/22032/
最終更新日:2022年11月16日、最終確認日:2023年8月24日
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